「技術広報のこころ」第1章「技術広報とはなにか」より 技術広報とDevRelについて考える
この記事は技術広報 Advent Calendar 2024 12/13のエントリーです。
「技術広報のこころ」
「技術広報のこころ」は、2024年の技術書典17で頒布した同人誌です。
会場でも電子版でもたくさんの方に読んでいただくことができました。ありがとうございました。
本記事では、本書の第1章「技術広報とはなにか」をまるっと引用し、今年話題になった「技術広報とDevRel」について考えます。
[引用] 第1章「技術広報とはなにか」
さて、そもそも「技術広報」とはなんなのでしょうか。
広報とは
技術広報とはなにかを知るためには、まず「広報」とはなにかを知る必要があります。日本広報学会の定義によると、「広報」とは次のように定義されています。
「組織や個人が、目的達成や課題解決のために、多様なステークホルダーとの双方向コミュニケーションによって、社会的に望ましい関係を構築・維持する経営機能である。」
日本では「広報」という言葉のイメージから、「PR」は宣伝・広告・情報伝達の意味であると受け取られることが多くありました。ですが、PRのRは「Relations」、つまりある組織や団体と顧客や大衆との「関係」づくりのことを指します。一方的な情報発信だけを指すものではありません。
「広報 = PR」というイメージが定着していった経緯は、コトバンクの記事(広報、PR)を読み比べると知ることができます。GHQが行政機関にPRオフィスを設置させたとき、多くの機関が「情報伝達」としてPRを受け入れたこと、民間では日本電報通信社(現電通)がその概念を紹介したこと、などが理由のようです。本筋とは関係ありませんが興味深い内容ですので、一読をおすすめします。
技術広報とは
「広報」がわかれば、「技術広報」もわかりますね。対象とする領域がエンジニアやエンジニアリング組織についてである、という違いしかありません。先ほどの定義を主語だけ書き換えてみると、次のようになります。
「エンジニアリング組織やエンジニア個人が、目的達成や課題解決のために、多様なステークホルダーとの双方向コミュニケーションによって、社会的に望ましい関係を構築・維持する経営機能である。」
技術広報とDevRel
技術広報の仕事は「DevRel」という語で表現されることもあります。DevRelとはいったいなんであり、どちらの言葉を使えばよいのかを考えてみましょう。
DevRelとは
DevRelは「Developer Relations」の略です。書籍「DevRel エンジニアフレンドリーになるための3C」では、「外部の開発者とのつながりを形成し自社製品/サービスを知ってもらうためのマーケティング活動」と記されています。
「マーケティング活動」とあるとおり、エバンジェリストやアドボケイトといった肩書きのエンジニアが、コミュニティ活動を通じて自社の製品やサービスのプロモーションを行い、顧客であるエンジニアが自社製品・サービスを用いてよい開発者体験を得られるようサポートする仕事です。
この解釈でのDevRelをさらに知るためには、Think ITの連載「DevRel(Developer Relations)ことはじめ」を参照するとよいでしょう。
DevRelの意味拡大
やがて「企業とデベロッパー(エンジニア)との関係構築」という解釈が拡大していきました。情報発信と交流を通じて自社とエンジニアリング組織への認知と信頼感を獲得し、プレゼンス向上やエンジニア採用を目的とした活動も「DevRel」と呼ばれるようになりました。
この文脈での「DevRel」の第一人者である櫛井さんのインタビュー記事によると、2018年に当時の在籍企業でDevRelチームを立ち上げた、ということです。
どっちを使えばいいの?
「DevRel」という言葉が意味を拡大した結果、「開発者向けマーケティング」と「技術広報」という解釈が混在するようになりました。どちらも自社と社外のエンジニアの関係構築という活動内容ですが、目的はやや異なります。
いっぽうで、「広報」と「Public Relations」の解釈にギャップがあることは前述したとおりです。一方的な情報発信にとどまらず、双方向のコミュニケーションを通じて関係構築していくのですから、「広報」という日本語から受けるイメージよりだいぶ広い領域で活動することが求められます。
いずれにしても、名前と意味に微妙な揺らぎを含んでしまうことになりました。では、どちらを使えばよいのでしょうか?
筆者は、どの言葉を選ぶにしてもポリシーを持って使ってほしいと考えています。自社にとっての、自分にとっての「技術広報」もしくは「DevRel」とはなんであるかを言語化し、チームや会社の中で用語と意義を統一しましょう。自分たちの活動がなんであって、なんという名を冠しているのかが不揃いでは、外に向けて発信するメッセージの説得力が低下してしまいます。
活動内容と目的が言語化されていれば、どちらかの名前を使い続けるのか、それとも新しい名前をつけるのかを判断する基準となるでしょう。
ちょうど本書の執筆中、前述した櫛井さんによる、「日本におけるDevRelとは何なのか、現状と課題と今後」という記事が公開されました。この件についての経緯がしっかり書いてありますので、「技術広報」もしくは「DevRel」の仕事をするのであれば一読しておきましょう。
[引用おわり]
技術広報とDevRel、どちらもあいまいである
この引用で論じたように、「技術広報」には「広報」と「PR」という言葉の間にギャップやあいまいさがあります。「DevRel」も意味が拡大した結果、あいまいさが生じてしまいました。
このあいまいさを認識したまま、「技術広報のこころ」の表紙には「技術広報(DevRel)」という記述があります。これは広い意味でのDevRelに興味関心がある人に届いてほしい、という気持ちがあったからです(日和ったのか?といわれたらその通りです)。
そのあとのこと
Developer Success / Engineer Enabling
櫛井さんの記事を受けて、luccafortさんが「ぼくがやりたかったのはDevRelでも技術広報でもDeveloper Successでもなくエンジニアイネーブリングだったかもしれねえ」という記事を公開しました。
そのあと、12/4に櫛井さんが公開した記事が「「Developer Success 〜エンジニアとの信頼関係を築きサポートするための実践知」という本を書くならこういう目次でいきたい - 941::blog」です。
どちらも技術広報とDevRelのnamespace問題に興味がある方には必読の記事です。共通しているのは、技術広報は単にテックブログの運営やカンファレンスへの協賛をする仕事ではなく、社内のエンジニアリング組織の活性化、大げさにいうと「エンジニア文化の醸成」がミッションである、という点です。
DevRec
いっぽうそのころ、DevRecというコミュニティが立ち上がり、キックオフイベントが開催されました。グループの説明には「DevRecはDeveloper Recruitmentの略語です」とありますが、「主なテーマ(予定)」の内容によると技術広報と組織開発の領域も含んでいるようです。
エンジニア採用を成功させるには技術広報が重要な施策ですし、そのあとの定着と活躍には組織開発が不可欠です。なので、これらを含むのはわかるというか当然です。が、ここでも言葉と内容の乖離が爆誕してしまっているように感じます。
「メタエンジニアリング」って言い続けてるけど認知が広がらない
さて、ぼくは2022年にFindy Engineer Labに寄稿した「ロックスターになれなくてもいい。ソフトウェア開発に長く携わる技術「メタエンジニアリング」とは」という記事をきっかけに、「メタエンジニアリング」という言葉を使っています。エンジニア個人とエンジニアリング組織の生産性を向上するための、エンジニアリングの知識と経験を活かした、技術広報・採用・組織開発の領域での活動を指します。
Developers CAREER Boost 2022では、このテーマで公募セッションが採択されました。
翌年にはメタエンジニアリングについての同人誌を執筆し、技術書典15で頒布してきました。コピー本として30部しか刷らなかったのがさびしくて、2024年に改訂第2版としてオンデマンド印刷版をつくり、技術書典17で頒布しています。
- 「メタエンジニアリング 理論と実践、その未来」という同人誌を技術書典15で頒布します // Kwappa研究開発室
- 技術書典17で同人誌「技術広報のこころ」と「メタエンジニアリング 【第2版】」など計4冊を頒布します // Kwappa研究開発室
本を読んでいただいた方には「わかるー」と言っていただける概念なのですが、ネーミング的なカッコよさはいまいちですよね…。なかなか使っていただける機会がありません。技術書典のブースでは「メカエンジニアリングって見えたので」って言われちゃったし。
急募 : 評判がよくカッコよくて思わず口に出したくなる名前
櫛井さんの記事「日本におけるDevRelとは何なのか、現状と課題と今後」は、こんなフレーズで締めくくられています。
とはいえ、評判がよくカッコよくて思わず口に出したくなる、そんな案があればぜひ乗っかりたいのでご意見ご感想をお待ちしています。
ぼくもまったく同意見です。あいまいさのある名前を使い続けるのは、本来の支援対象であるエンジニアにとって気分のいい状態ではないはずです(「名前重要」っていうじゃん)。名前空間の衝突を回避するのも、エンジニアリングの仕事のひとつです。
「メタエンジニアリング」を使ってもらえると大変うれしいのですが、「カッコよくて思わず口に出したくなる」かと聞かれると自信がありません。普段のエンジニアリングの経験を活かして、「評判がよくカッコよくて思わず口に出したくなる名前」を考えてみるというのはどうでしょうか。
蛇足 : 次は「組織開発」だ
「広報」と「PR」の話をしましたが、実は「組織開発」にも同じ側面があります。いままで組織をいい具合にすることをふわっと「組織開発」と呼んでしまっていたのですが(ぼく以外にもけっこう同様の事例があった印象)、社会学のテーマとして「組織開発」はずっと前から研究されており、メソッドも確立しています。「メタエンジニアリング」に「組織開発」を含めてしまったので、このあいまいさと雑な理解を整理し、先人の知恵を活かし、エンジニアリング組織に向けた「組織開発」について考えるのが来年の目標です。